熊本家庭裁判所 昭和43年(少ハ)1号 決定 1968年2月10日
本人 M・R(昭二二・一一・五生)
主文
少年を、昭和四三年四月九日まで、特別少年院に継続して収容する。
理由
(収容継続申請の要旨)
少年は、昭和四二年二月一〇日熊本家庭裁判所で、熊本保護観察所からの通告に基づくぐ犯非行により、特別少年院に送致する旨の決定を受け、同月一四日大分少年院に入院し、同四三年二月九日期間満了となるものである。その間における少年の院内成績は当初概ね普通の成績で、同四二年一一月一六日処遇の最高段階である一級の上に達したが、その後収容期間の満了日が切迫し、最も自覚のある生活がのぞまれる時期に至つてから生活態度が乱れはじめ、退院を一週間後にした同四三年一月一九日畜産科の職業補導中に、豚舎横側に新聞紙に包んで投入されていた煙草ハイライト三箱とマッチ二箱を拾得し、うち一箱を他の少年に与え、残りを自分で喫煙したのみならず、他の少年にもすすめ、断わられるや自分が喫つた吸殼を他の少年の面前に次々と捨てて誘惑的行為を繰り返し、またこの喫煙反則の調査に当つてはこれを否認し、他の少年に責任を転嫁するような行動をとつた。
そこで、大分少年院では同年一月二四日本件反則を理由として、少年を謹慎一五日間の懲戒処分に付したが、検討してみると本件反則は、健全な意欲の持続性に欠け、規則を無視し、衝動的な行動に出易い少年の性格の影響を受けてなされたものであつて、少年の犯罪的傾向は未だ矯正されていないものというべきであり、更に二ヵ月程収容を継続して強力なる矯正教育を施し、更生への動機づけを与える必要がある。
(収容継続を申請するに至つた経過)
一 処遇の経過
少年は前記のとおりの非行により昭和四二年二月一〇日当裁判所で特別少年院に送致する旨の決定を受け、同月一四日大分少年院に入院し、直ちに予科に編入された後、同年三月末には農業科に編入された。農業科での職業補導中には、知能に比して学科面の能力が著しく劣つた点を除いては特別の反則行為などはなく、一応順調に進み、同年一一月一六日処遇の最高段階である一級の上に達し、同日出院を目前にした者が相当自由に活動できる畜産科に転科し、出院の準備をはじめた。
ところがこのころから、少年の生活態度は乱れはじめ、同年一〇月から月間成績は低下しはじめ、一一月には週番との口論のことについて担任教官の注意も受けたが、同四三年一月初旬担任教官から一月二六日に退院できる旨の通知を受け、保護者である父母にも一月一八日付の手紙で「一月二六日退院させたいと思いますから、本人引取のため午後一時までに来院くださるよう通知します。」と連絡がなされた。しかし、その直後である一月一九日少年が後記の如き反則を起したため、同月二四日開催された処遇審査会で少年を謹慎一五日間の懲戒処分に付したうえ、同月二六日に退院させることを取り消し、同月二五日付で本件収容継続申請を行うことにしたのである。
二 本件反則事故の内容とそれに対する処置
少年は退院直前の少年の集りである畜産科に転科してから、同科にいたAと知り合いになり、同人は同四三年一月一九日退院することになつたが、その際同人と話し合いのうえ畜産科作業場付近に煙草とマッチを投げ入れてもらうことにした。少年は同日午後作業中に、担任教官が他の少年四名を連れて残飯収集に出かけた隙に乗じて、煙草が投げ入れられているかどうか作業場付近を見廻つているうちに、豚舎横側に新聞紙に包んで投げ入れられてあつた煙草ハイライト三箱とマッチ二箱を発見し、これを拾得してうち二本を直ちに喫煙し、残りを飼料倉庫内に隠匿したうえ、一箱を同科のB少年に託して他科の少年に与え、その余を靴下内に隠して畜産科寮内に持ち込み、自分で喫煙しながら同室の少年四名程にもすすめたが、そのうちのC少年が一本受け取つたのみで、退院を目前に控えている他の少年は受領するのを拒んだ。そこで、少年は感情を害し、喫煙したいのを抑圧している他の少年の面前に自分が喫つた煙草を次々に投げ捨てて、喫煙を刺激するような誘惑的行動を行なつたばかりでなく、このことが発覚し教官から反則として取り調べを受けた際には自分が行なつたものではなく、C少年が行なつたものであると主張して自己の責任を否認するような態度をとつた。
教官の取り調べによつて以上のような反則が明らかになつた後である一月二四日毎週水曜日に開催される処遇審査会の席において、少年の反則に対する処置が議案として提出され、少年については退院直前の反則であるうえ、同室者に与えた影響も大きく、責任を他人に転嫁するなど極めて悪質であるとして前記のとおり謹慎一五日間の懲戒処分と二ヵ月の収容継続の申請を決定し、C少年については院長訓戒という措置をとつたうえ、返退院を一月延期することにした。
三 収容継続を申請した理由
本件収容継続申請が少年院における矯正教育を公平かつ平等に行なおうとする院内の秩序維持の見地をも加味してなされたことは明白である。すなわち仮退院によつて出院する少年については、反則があると処遇上の階級を降級させたり、昇級を遅らせたりして在院期間を延長しているのが処遇上の現状であるが、退院によつて出院する少年については、そのような措置をとつても期間が満了すれば退院させざるを得ず、そのために反則があつても退院直前の少年については適切な措置がとれず、その結果退院直前の反則が多発する危険があるので、それを防止すると共に仮退院を予定されている少年について、その時期を延期するとの均衡を図るという意図である。
しかし、本件収容継続の申請は以上のような院内秩序の維持という目的のみからなされたものではなく、本件反則によつて具体化された、退院の直前においても社会規範が内面化されておらず、自己の欲求に従つて規範を無視し、衝動的に行動しやすい未成熟な精神病質を疑わせる少年の性格を考慮し、この際に強力な懲戒処分に付すると共に収容継続を申請して、社会規範の意義とその違反に対する社会的制裁の厳しさを体験的に理解させ、よつて社会規範を少年に定着化しようとする意図をも目的としてなされたものである。
(当裁判所の判断)
少年は現在処遇の最高段階である一級の上には達しているものの、本件反則は以前からの少年の非行を基礎づけてきた未成熟精神病質を疑わせるに足る性格偏倚に支持されて行なわれたものであつて、少年の性格的負因に基づく犯罪的傾向はいまだ矯正されていないというべきである。そして、この性格的負因の矯正は困難ではあるが不可能ではなく、本件のごとき反則を契機として体験的に社会規範の内面化を図ることは少年の性格矯正に非常に有効であると思料される。したがつて、少年については、収容期間満了後も特別少年院に継続して収容する必要がある。
つぎに、その期間であるが、本件収容継続は主として前記の目的でなしたものであるものの、副次的には懲戒処分後の不安定な精神状態のままで退院させるのはその後の更生に悪影響を与えることも考慮してなしたのであるから、その期間としてそう長期間を要するものではなく社会規範の内面化を図る企図は収容継続の審判を受け、それが認容されることによつて一応の目的を達するので、懲戒処分を受け、かつ収容継続をされたことによつて受けた不安定な精神状態から解放された時にはなるべく早く退院させるのが相当である。そして、そのような期間として二月というのは極めて適切である。
(結論)
よつて、少年院法一一条二項、四項を適用して、少年を昭和四三年四月九日まで特別少年院に継続して収容することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 中山博泰)